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18 松風(大島本)
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MATUKAZE
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光る源氏の内大臣時代 三十一歳秋の大堰山荘訪問の物語
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Tale of Hikaru-Genji's Nai-Daijin era, to visit Ohoi-villa in fall at the age of 31
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4 |
第四章 紫の君の物語 嫉妬と姫君への関心
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4 Tale of Murasaki Jealousy and love for baby
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4.1 |
第一段 二条院に帰邸
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4-1 Genji comebacks to his Nijo-residence
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4.1.1 |
殿におはして、とばかりうち休みたまふ。山里の御物語など聞こえたまふ。
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邸にお帰りになって、しばらくの間お休みになる。山里のお話など申し上げなさる。
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二条の院に着いた源氏はしばらく休息をしながら夫人に嵯峨の話をした。
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Tono ni ohasi te, tobakari uti-yasumi tamahu. Yamazato no ohom-monogatari nado kikoye tamahu.
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4.1.2 |
「 暇聞こえしほど過ぎつれば、いと苦しうこそ。この好き者どもの尋ね来て、いといたう強ひ止めしに、引かされて。今朝は、いとなやまし」
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「お暇を頂戴したのが過ぎてしまったので、とても申し訳ありません。この風流人たちが尋ねて来て、無理に引き止めたので、それにつられて。今朝は、とても気分が悪い」
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「あなたと約束した日が過ぎたから私は苦しみましたよ。風流男どもがあとを追って来てね、あまり留めるものだからそれに引かれていたのですよ。疲れてしまった」
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"Itoma kikoye si hodo sugi ture ba, ito kurusiu koso. Kono sukimono-domo no tadune ki te, ito itau sihi-todome si ni, hika sare te. Kesa ha, ito nayamasi."
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4.1.3 |
とて、大殿籠もれり。例の、心とけず見えたまへど、 見知らぬやうにて、
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と言って、お寝みになった。例によって、不機嫌のようでいらしたが、気づかないないふりをして、
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と言って源氏は寝室へはいった。夫人が気むずかしいふうになっているのも気づかないように源氏は扱っていた。
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tote, ohotono-gomore ri. Rei no, kokoro-toke zu miye tamahe do, mi-sira nu yau nite,
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4.1.4 |
「 なずらひならぬほどを、思し比ぶるも、悪ろきわざなめり。 我は我と思ひなしたまへ」
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「比較にならない身分を、お比べになっても、良くないようです。自分は自分と思っていらっしゃい」
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「比較にならない人を競争者ででもあるように考えたりなどすることもよくないことですよ。あなたは自分は自分であると思い上がっていればいいのですよ」
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"Nazurahi nara nu hodo wo, obosi-kuraburu mo, waruki waza na' meri. Ware ha ware to omohi-nasi tamahe."
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4.1.5 |
と、教へきこえたまふ。
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と、お教え申し上げなさる。
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と源氏は教えていた。
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to, wosihe kikoye tamahu.
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4.1.6 |
暮れかかるほどに、内裏へ参りたまふに、ひきそばめて急ぎ書きたまふは、 かしこへなめり。側目こまやかに見ゆ。うちささめきて遣はすを、御達など、憎みきこゆ。
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日が暮かかるころに、宮中へ参内なさるが、脇に隠して急いでお認めになるのは、あちらへなのであろう。横目には愛情深く見える。小声で言って遣わすのを、女房たちは、憎らしいとお思い申し上げる。
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日暮れ前に参内しようとして出かけぎわに、源氏は隠すように紙を持って手紙を書いているのは大井へやるものらしかった。こまごまと書かれている様子がうかがわれるのであった。侍を呼んで小声でささやきながら手紙を渡す源氏を女房たちは憎く思った。
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Kure-kakaru hodo ni, Uti he mawiri tamahu ni, hiki-sobame te isogi kaki tamahu ha, kasiko he na' meri. Soba-me komayaka ni miyu. Uti-sasameki te tukahasu wo, go-tati nado, nikumi kikoyu.
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4.2 |
第二段 源氏、紫の君に姫君を養女とする件を相談
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4-2 Genji talks Murasaki to adopt Akashi's daughter
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4.2.1 |
その夜は、内裏にもさぶらひたまふべけれど、解けざりつる御けしきとりに、夜更けぬれど、まかでたまひぬ。ありつる御返り持て参れり。え引き隠したまはで、御覧ず。ことに 憎かるべきふしも見えねば、
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その夜は、宮中にご宿直の予定であったが、直らなかったご機嫌を取るために、夜が更けたが退出なさった。先ほどのお返事を持って参った。お隠しになることができず、御覧になる。特別に憎むような点も見えないので、
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その晩は御所で宿直もするはずであるが、夫人の機嫌の直っていなかったことを思って、夜はふけていたが源氏は夫人をなだめるつもりで帰って来ると、大井の返事を使いが持って来た。隠すこともできずに源氏は夫人のそばでそれを読んだ。夫人を不愉快にするようなことも書いてなかったので、
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Sono yo ha, Uti ni mo saburahi tamahu bekere do, toke zari turu mi-kesiki tori ni, yo huke nure do, makade tamahi nu. Arituru ohom-kaheri mote mawire ri. E hiki-kakusi tamaha de, go-ran-zu. Koto ni nikukaru beki husi mo miye ne ba,
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4.2.2 |
「 これ、破り隠したまへ。むつかしや。かかるものの散らむも、今はつきなきほどになりにけり」
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「これ、破り捨ててください。厄介なことだ。このような手紙が散らかっているのも、今では不似合いな年頃になってしまったよ」
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これを破ってあなたの手で捨ててください。困るからね、こんな物が散らばっていたりすることはもう私に似合ったことではないのだからね」
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"Kore, yari kakusi tamahe. Mutukasi ya! Kakaru mono no tira m mo, ima ha tukinaki hodo ni nari ni keri."
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4.2.3 |
とて、御脇息に寄りゐたまひて、御心のうちには、いとあはれに 恋しう思しやらるれば、燈をうち眺めて、ことにもの ものたまはず。文は広ごりながらあれど、女君、見たまはぬやうなるを、
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と言って、御脇息に寄り掛かりなさって、お心の中では、実にしみじみといとしく思わずにはいられないので、燈火をふと御覧になって、特に何もおっしゃらない。手紙は広げたままあるが、女君、御覧にならないようなので、
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と夫人のほうへそれを出した源氏は、脇息によりかかりながら、心のうちでは大井の姫君が恋しくて、灯をながめて、ものも言わずにじっとしていた。手紙はひろがったままであるが、女王が見ようともしないのを見て、
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tote, ohom-keusoku ni yori-wi tamahi te, mi-kokoro no uti ni ha, ito ahare ni kohisiu obosi-yara rure ba, hi wo uti-nagame te, koto ni mono mo notamaha zu. Humi ha hirogori nagara are do, Womna-Gimi, mi tamaha nu yau naru wo,
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4.2.4 |
「 せめて、見隠したまふ御目尻こそ、わづらはしけれ」
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「無理して、見て見ぬふりをなさる眼つきが、やっかいですよ」
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「見ないようにしていて、目のどこかであなたは見ているじゃありませんか」
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"Semete, mi-kakusi tamahu ohom-maziri koso, wadurahasikere."
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4.2.5 |
とて、うち笑みたまへる御愛敬、所狭きまでこぼれぬべし。
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と言って、微笑みなさる魅力、あたり一面にこぼれるほどである。
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と笑いながら夫人に言いかけた源氏の顔にはこぼれるような愛嬌があった。
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tote, uti-wemi tamahe ru ohom-aigyau, tokoroseki made kobore nu besi.
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4.2.6 |
さし寄りたまひて、
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側にお寄りになって、
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夫人のそばへ寄って、
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Sasi-yori tamahi te,
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4.2.7 |
「 まことは、らうたげなるものを見しかば、契り浅くも見えぬを、さりとて、ものめかさむほども憚り多かるに、思ひなむわづらひぬる。 同じ心に思ひめぐらして、御心に思ひ定めたまへ。いかがすべき。ここにて育み たまひてむや。 蛭の子が齢にもなりにけるを、罪なきさまなるも思ひ捨てがたうこそ。 いはけなげなる下つ方も、紛らはさむなど思ふを、めざましと思さずは、 引き結ひたまへかし」
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「実を申すと、かわいらしい姫君が生まれたものだから、宿縁は浅くも思えず、そうかといって、一人前に扱うのも憚りが多いので、困っているのです。わたしと同じ気持ちになって考えて、あなたのお考えで決めてください。どうしましょう。ここでお育てになってくださいませんか。蛭の子の三歳にもなっているのだが、無邪気な様子も放って置けないので。幼げな腰のあたりを、取り繕ってやろうなどと思うのだが、嫌だとお思いでなければ、腰結いの役を勤めてやってくださいな」
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「ほんとうはね、かわいい子を見て来たのですよ。そんな人を見るとやはり前生の縁の浅くないということが思われたのですがね、とにかく子供のことはどうすればいいのだろう。公然私の子供として扱うことも世間へ恥ずかしいことだし、私はそれで煩悶しています。いっしょにあなたも心配してください。どうしよう、あなたが育ててみませんか、三つになっているのです。無邪気なかわいい顔をしているものだから、どうも捨てておけない気がします。小さいうちにあなたの子にしてもらえば、子供の将来を明るくしてやれるように思うのだが、失敬だとお思いにならなければあなたの手で袴着をさせてやってください」
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"Makoto ha, rautage naru mono wo mi sika ba, tigiri asaku mo miye nu wo, saritote, monomekasa m hodo mo habakari ohokaru ni, omohi nam wadurahi nuru. Onazi kokoro ni omohi-megurasi te, mi-kokoro ni omohi sadame tamahe. Ikaga su beki? Kokoni te hagukumi tamahi te m ya? Hiru-no-ko ga yohahi ni mo nari ni keru wo, tumi naki sama naru mo omohi-sute-gatau koso. Ihakenage naru simo-tu-kata mo, magirahasa m nado omohu wo, mezamasi to obosa zu ha, hiki-yuhi tamahe kasi."
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4.2.8 |
と 聞こえたまふ。
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とお頼み申し上げなさる。
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と源氏は言うのであった。
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to kikoye tamahu.
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4.2.9 |
「 思はずにのみとりなしたまふ御心の隔てを、 せめて見知らず、うらなくやはとてこそ。 いはけなからむ御心には、いとようかなひぬべくなむ。いかにうつくしきほどに」
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「思ってもいない方にばかりお取りになる冷たいお気持ちを、無理に気づかないふりをして、無心に振る舞っていては良くないとは思えばこそです。幼ない姫君のお心には、きっととてもよくお気にめすことでしょう。どんなにかわいらしい年頃なのでしょう」
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「私を意地悪な者のようにばかり決めておいでになって、これまでから私には大事なことを皆隠していらっしゃるものですもの、私だけがあなたを信頼していることも改めなければならないとこのごろは私思っています。けれども私は小さい姫君のお相手にはなれますよ。どんなにおかわいいでしょう、その方ね」
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"Omoha zu ni nomi torinasi tamahu mi-kokoro no hedate wo, semete mi-sira zu, uranaku yaha tote koso. Ihakenaka' ram mi-kokoro ni ha, ito you kanahi nu beku nam. Ikani utukusiki hodo ni?"
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4.2.10 |
とて、 すこしうち笑みたまひぬ。稚児をわりなうらうたきものにしたまふ御心なれば、「得て、抱きかしづかばや」と思す。
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と言って、少し微笑みなさった。子どもをひどくかわいがるご性格なので、「引き取ってお育てしたい」とお思いになる。
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と言って、女王は少し微笑んだ。夫人は非常に子供好きであったから、その子を自分がもらって、その子を自分が抱いて、大事に育ててみたいと思った。
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tote, sukosi uti-wemi tamahi nu. Tigo wo warinau rautaki mono ni si tamahu mi-kokoro nare ba, "E te, idaki kasiduka baya." to obosu.
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4.2.11 |
「いかにせまし。迎へやせまし」と思し乱る。渡りたまふこといとかたし。嵯峨野の御堂の念仏など待ち出でて、月に二度ばかりの 御契りなめり。 年のわたりには、立ちまさりぬべかめるを ★、及びなきことと思へども、なほいかがもの思はしからぬ。
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「どうしようか。迎えようか」とご思案なさる。お出向きになることはとても難しい。嵯峨野の御堂の念仏の日を待って、一月に二度ほどの逢瀬のようである。年に一度の七夕の逢瀬よりは勝っているようであるが、これ以上は望めないことと思うけれども、やはりどうして嘆かずにいられようか。
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どうしよう、そうは言ったもののここへつれて来たものであろうかと源氏はまた煩悶した。源氏が大井の山荘を訪うことは困難であった。嵯峨の御堂の念仏の日を待ってはじめて出かけられるのであったから、月に二度より逢いに行く日はないわけである。七夕よりは短い期間であっても女にとっては苦しい十五日が繰り返されていった。
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"Ikani se masi? Mukahe ya se masi?" to obosi midaru. Watari tamahu koto ito katasi. Sagano no Mi-dau no nenbutu nado mati-ide te, tuki ni huta-tabi bakari no ohom-tigiri na' meri. Tosi no watari ni ha, tati-masari nu beka' meru wo, oyobinaki koto to omohe domo, naho ikaga mono-omohasikara nu.
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出典17 |
年のわたりには |
玉鬘絶えぬものからあらたまのとしの渡りはただ一夜のみ |
後撰集秋上-二三四 読人しらず |
4.2.11 |
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Last updated 7/8/2001 渋谷栄一校訂(C)(ver.1-2-2) Last updated 8/21/2003 渋谷栄一注釈(ver.1-1-4) |
Last updated 7/8/2001 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-2) |
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Last updated 8/23/2002 Written in Japanese roman letters by Eiichi Shibuya(C) (ver.1-3-2) |
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Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
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