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 3蓬生(大島本)3 
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 7渋谷栄一注釈(ver.1-1-2)7 
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蓬生

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 11 [底本]
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 12財団法人古代学協会・古代学研究所編 角田文衛・室伏信助監修『大島本 源氏物語』第三巻 一九九六年 角川書店
12 
 13

13 
 14 [参考文献]
14 
 15池田亀鑑編著『源氏物語大成』第一巻「校異篇」一九五六年 中央公論社
15 
 16

16 
 17阿部秋生・秋山 虔・今井源衛・鈴木日出男校注・訳『古典セレクション 源氏物語』第五巻 一九九八年 小学館
17 
 18柳井 滋・室伏信助・大朝雄二・鈴木日出男・藤井貞和・今西祐一郎校注『新日本古典文学大系 源氏物語』第二巻 一九九四年 岩波書店
18 
 19阿部秋生・秋山 虔・今井源衛・鈴木日出男校注・訳『完訳日本の古典 源氏物語』第三巻 一九八四年 小学館
19 
 20石田穣二・清水好子校注『新潮日本古典集成 源氏物語』第三巻 一九七八年 新潮社
20 
 21阿部秋生・秋山 虔・今井源衛校注・訳『日本古典文学全集 源氏物語』第二巻 一九七二年 小学館
21 
 22玉上琢弥著『源氏物語評釈』第三巻 一九六五年 角川書店
22 
 23山岸徳平校注『日本古典文学大系 源氏物語』第二巻 一九五九年 岩波書店
23 
 24池田亀鑑校注『日本古典全書 源氏物語』第二巻 一九四九年 朝日新聞社
24 
 25

25 
 26伊井春樹編『源氏物語引歌索引』一九七七年 笠間書院
26 
 27榎本正純篇著『源氏物語の草子地 諸注と研究』一九八二年 笠間書院
27 
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 29第一章 末摘花の物語 光る源氏の須磨明石離京時代
29 
 30
30 
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  • 末摘花の孤独---藻塩たれつつわびたまひしころほひ
  • 31 
     32
  • 常陸宮邸の窮乏---もとより荒れたりし宮の内
  • 32 
     33
  • 常陸宮邸の荒廃---はかなきことにても、見訪らひきこゆる人は
  • 33 
     34
  • 末摘花の気紛らし---はかなき古歌、物語などやうのすさびごとにて
  • 34 
     35
  • 乳母子の侍従と叔母---侍従などいひし御乳母子のみこそ
  • 35 
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     37第二章 末摘花の物語 光る源氏帰京後
    37 
     38
    38 
     39
  • 顧みられない末摘花---さるほどに、げに世の中に赦されたまひて
  • 39 
     40
  • 法華御八講---冬になりゆくままに、いとど、かき付かむかたなく
  • 40 
     41
  • 叔母、末摘花を誘う---例はさしもむつびぬを、誘ひ立てむの心にて
  • 41 
     42
  • 侍従、叔母に従って離京---されど、動くべうもあらねば
  • 42 
     43
  • 常陸宮邸の寂寥---霜月ばかりになれば、雪、霰がちにて
  • 43 
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     45第三章 末摘花の物語 久しぶりの再会の物語
    45 
     46
    46 
     47
  • 花散里訪問途上---卯月ばかりに、花散里を思ひ出できこえたまひて
  • 47 
     48
  • 惟光、邸内を探る---惟光入りて、めぐるめぐる人の音する方やと
  • 48 
     49
  • 源氏、邸内に入る---「などかいと久しかりつる。いかにぞ
  • 49 
     50
  • 末摘花と再会---姫君は、さりともと待ち過ぐしたまへる
  • 50 
     5151 
     52第四章 末摘花の物語 その後の物語
    52 
     53
    53 
     54
  • 末摘花への生活援助---祭、御禊などのほど、御いそぎどもに
  • 54 
     55
  • 常陸宮邸に活気戻る---今は限りと、あなづり果てて、さまざまに
  • 55 
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  • 末摘花のその後---二年ばかりこの古宮に眺めたまひて
  • 56 
     5757 
     58

    58 
     59 

    第一章 末摘花の物語 光る源氏の須磨明石離京時代

    59 
     60 [第一段 末摘花の孤独]
    60 
    c161【藻塩垂れつつわびたまひしころほひ都にもさまざま思し嘆く人多かりしを】−源氏が須磨明石に謫去していた間の都の女性たちの動向。「藻塩垂れつつ」は「わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩垂れつつわぶと答へよ」(古今集雑下、九六二、在原行平)にもとづく表現。<BR>61【藻塩垂れつつわびたまひしころほひ都にもさまざま思し嘆く人多かりしを】−源氏が須磨明石に謫去していた間の都の女性たちの動向。「藻塩垂れつつ」は「わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩垂れつつわぶと答へよ」(古今集雑下、九六二、在原行平)にもとづく表現。<BR>
     62【一方の思ひこそ苦しげなりしか】−「一方」は源氏をさす。「こそ」係助詞。「しか」過去の助動詞、已然形。係結び。読点で逆接の文脈。
    62 
     63【旅の御住みかをも】−「聞こえ通ひたまひつつ」に係り、「仮の御よそひをも--時々につけてあつかひきこえたまふに」と並ぶ並列の構文。
    63 
     64【竹の子の世の憂き節を】−「今さらに何生ひ出づらむ竹の子の憂き節しげき世とは知らずや」(古今集雑下、九五七、凡河内躬恒)を踏まえる。
    64 
    c165【常陸宮の君は父親王の亡せたまひし名残に】−末摘花の生活窮乏し、その邸も荒廃する。<BR>65【常陸宮の君は父親王の亡せたまひし名残に】−末摘花の生活窮乏し、その邸も荒廃する。<BR>
     66【思ひかけぬ御ことの出で来て訪らひきこえたまふこと絶えざりしを】−源氏との関係が生じたこと。「訪らひきこえたまふこと」は、源氏本人が直接通って来ることではなく手紙などで間接的に見舞ってやることであろう。
    66 
     67【大空の星の光を盥の水に映したる心地して】−『完訳』は「さほどでもない源氏の援助も困窮の末摘花には無上の恵みと思われる気持を、大空の無数の星も水面には目だって映るのにたとえた。また盥の水に星影を映すのが七夕行事の一つだという。その七夕の甘美な恋物語のような夢見心地も重なっていよう」と注す。
    67 
     68【かかる世の騷ぎ出で来て】−源氏の須磨明石流謫事件をさす。
    68 
     69【いでやいと口惜しき御宿世なりけり】−以下「悲しけれ」まで、女房の詞。
    69 
     70【おほかたの世の事といひながら】−『集成』は「(源氏の訪れなくなったのは)ご政治向きのことのためとはいいながら。「おほかたの世のこと」は、ここでは末摘花との個人的な関係に対して、世間一般にかかわる事件。須磨退去をさす」。『完訳』は「移り変わるのは世間の習いとは申すものの」と注す。
    70 
     71【さる方にありつきたりしあなたの年ごろ】−昔の貧しい生活に慣れていた時代をさす。
    71 
     72【さてありぬべき】−女房としてふさわしいの意。
    72 
     73

    73 
     74 [第二段 常陸宮邸の窮乏]
    74 
     75【もとより荒れたりし宮の内】−末摘花、荒廃した邸を守りながら生き抜く。
    75 
     76【狐の棲みかになりて】−以下の文章は、「梟は松桂の枝に鳴き狐は蘭菊の叢に蔵る」(白氏文集、諷諭詩、「凶宅詩」)を踏まえた表現。同様の荒廃した邸の描写に「凶宅詩」を踏まえた表現は「夕顔」巻にも見られる。
    76 
     77【人気にこそ】−以下「隠しけれ」まで、挿入句。係り結び。逆接の文脈。
    77 
     78【なほいとわりなし】−以下「いと堪へがたし」まで、女房の詞。姫君に邸を手放し、他の恐しくない邸に移るよう進言する。
    78 
     79【しか名残なきわざいかがせむ】−反語表現。父親の形見を何もかも失うことはできない。
    79 
     80【いかがはせむそこそは世の常のこと】−女房の心中。『集成』は「もはや仕方がない。それこそ、世間の習いよ」と訳す。
    80 
     81【見よと思ひたまひて】−以下「あはれなること」まで、末摘花の詞。家財道具を売り払うことをきつく諌める。自分の家の家財道具が賎しい家の物になることを不本意と思う。
    81 
     82

    82 
     83 [第三段 常陸宮邸の荒廃]
    83 
     84【御兄の禅師の君】−末摘花の兄君。後の「初音」巻に「醍醐の阿闍梨の君」と呼称される。今、「まれにも京に出でたまふ時は」とあるのも、山科の醍醐寺あたりを想定してよい。
    84 
     85【たづきなくこの世を離れたる聖にものしたまひて】−『集成』は「処世のすべを知らず、現世とは縁のない聖のようなお暮しぶりで」と訳す。
    85 
     86【葎は西東の御門を閉ぢこめたるぞ頼もしけれど】−『集成』は「今さらにとふべき人も思ほえず八重葎して門鎖せりてへ」(古今集雑下、九七五、読人しらず)を指摘。
    86 
     87【寄り来ざりければ】−この句の直接係る語句はなく、文脈が別に流れている。
    87 
     88

    88 
     89 [第四段 末摘花の気紛らし]
    89 
     90【すさびごとにてこそ】−「こそ」は「なめれ」に係る。読点で、逆接の文脈。
    90 
     91【唐守】−散逸した物語。内容未詳。『宇津保物語』「国譲上」「楼上下」に見える。
    91 
     92【藐姑射の刀自】−散逸した物語。内容未詳。平安時代から鎌倉時代初期までの物語作品中の和歌を集めた『風葉和歌集』(文永八年撰進)に見える。
    92 
     93【かぐや姫の物語】−『竹取物語』の別名。
    93 
     94【をかしきやうに選り出で題をも読人をもあらはし心得たるこそ見所もありけれ】−『集成』は「おもしろい趣向で選択編集し、詞書(歌の成立事情)や作者をもはっきりさせて、歌の気持のよく分るのが興をそそるのだが」「歌物語風のものであろう」。『完訳』「味わい深い趣向で選び出し、題詞や詠み人がはっきり書いてあって、その意味のよく分るのは見ごたえもあるのだが」「歌を、題詞・作者など作歌事情とともに観賞。当時の観賞法」と注す。
    94 
     95【うるはしき紙屋紙、陸奥紙などのふくだめる】−『新大系』は「紙屋(製紙所)で漉いた紙の意で、陸奥紙とともに、撰集の清書、女の手紙などには用いない。「うるはしき」は、色気のないの意」「陸奥紙の厚くて毛ばだった状態をいう」と注す。
    95 
     96

    96 
     97 [第五段 乳母子の侍従と叔母]
    97 
     98【侍従などいひし御乳母子のみこそ】−「末摘花」巻に既出の人物。
    98 
     99【よろしき若人ども】−「よろし」は「よし」よりも一段劣った意味。
    99 
     100【おのれをばおとしめたまひて】−以下「え訪らひきこえず」まで、叔母の詞。末摘花の母親が受領と結婚したことを軽蔑し、一門の不名誉に思っていたという。侍従を前にして述べているので、敬語を使っている。
    100 
     101【わがかく劣りのさまにて】−以下「後見ならむ」まで、叔母の心中。末摘花を自分の娘たちの使用人にして復讐してやろう、末摘花の古風なところはあるが、かえって安心だ、と考える。
    101 
     102【時々ここに渡らせたまひて】−以下「人なむはべる」まで、叔母の詞。末摘花を叔母の家に誘い出す。
    102 
    c1103【かかるほどにかの家主人大になりぬ】−叔母の夫が大宰大弍になったので、末摘花を筑紫に連れて行こうとする。娘たちは都の人に縁づけて、今度は自分の使用人にするつもりである。<BR>103【かかるほどにかの家主人になりぬ】−叔母の夫が大宰大弍になったので、末摘花を筑紫に連れて行こうとする。娘たちは都の人に縁づけて、今度は自分の使用人にするつもりである。<BR>
     104【はるかにかく】−以下「うしろめたくなむ」まで、叔母の詞。末摘花を筑紫に連れて行こうとする言葉巧みな誘い。
    104 
     105【あな憎ことことしや】−以下「思ひきこえたまはじ」まで、叔母の詞。『完訳』は「末摘花にではなく、第三者に漏らした発言であろう」と注す。
    105 
     106

    106 
     107 

    第二章 末摘花の物語 光る源氏帰京後

    107 
     108 [第一段 顧みられない末摘花]
    108 
     109【人の心ばへを見たまふにあはれに思し知ることさまざまなり】−『完訳』は「源氏は、不遇の時期の世人の向背のさまを見てきたが、それと比べて人間の本性を思う」と注し、「人の心の動きをお察しになり、胸中しみじみとお悟りになることがさまざまである」と訳す。
    109 
    c1110いまは限りなりけり】−以下「かひなき世かな」まで、末摘花の心中。源氏の無事帰京を祈りながらも、帰京の後、まったく顧みられないことに絶望していく。<BR>110は限りなりけり】−以下「かひなき世かな」まで、末摘花の心中。源氏の無事帰京を祈りながらも、帰京の後、まったく顧みられないことに絶望していく。<BR>
     111【萌え出づる春に逢ひたまはなむ】−「岩そそくたるひの上の早蕨の萌え出づる春になりにけるかな」(古今六帖、一月、志貴皇子)を踏まえる。
    111 
     112【わが身一つのために】−「世の中は昔よりやは憂かりけむわが身一つのためになれるか」(古今集雑下、九四八、読人しらず)の言葉によったもの。
    112 
     113【さればよ】−以下「いとほしきこと」まで、叔母の心中。侮蔑と憐愍。
    113 
     114【いとほしきこと】−『集成』は「困ったものだ」。『完訳』は「じつに不憫なこと」と訳す。
    114 
     115【なほ思ほし立ちね】−以下「もてなしきこえじ」まで、叔母の詞。言葉巧みに筑紫へ誘う。
    115 
    c1116【世の憂き時こそ見えぬ山路をこそは尋ぬなれ】−「み吉野の山のあなたに宿もがな世の憂き時の隠れ家にせむ」(古今集雑下、九五〇、読人しらず)「世の憂き目見えぬ山路へ入らむには思ふ人こそほだしなりけれ」(古今集雑下、九五五、物部吉名)を踏まえた表現。古歌の文句を引用して説得する。<BR>116【世の憂き時は、見えぬ山路をこそは尋ぬなれ】−「み吉野の山のあなたに宿もがな世の憂き時の隠れ家にせむ」(古今集雑下、九五〇、読人しらず)「世の憂き目見えぬ山路へ入らむには思ふ人こそほだしなりけれ」(古今集雑下、九五五、物部吉名)を踏まえた表現。古歌の文句を引用して説得する。<BR>
     117【さもなびきたまはなむ】−以下「御心ならむ」まで、女房たちのつぶやき。「なむ」終助詞、他に対する願望の意。
    117 
     118【見たてまつり置かむがいと心苦しきを】−侍従の詞。
    118 
     119【さりとも】−以下「訪らひ出でたまひてむ」まで、末摘花の心中。源氏がいつの日にか思い出してくれるだろうという期待。
    119 
     120【あらじやは】−「じ」打消推量の助動詞。「やは」係助詞、反語。ないことがあろうか、きっとあろう。強い期待がこめられている。
    120 
     121【したまひしに】−「に」接続助詞。『集成』は「して下さったのに」。『完訳』は「なさったのだから」と訳す。
    121 
     122【取り失はせたまはず】−「せ」使役の助動詞。女房らに失わさせなさらずの意。
    122 
     123【詳しくは】−以下「なきやうなり」まで、語り手の文章。『集成』は「草子地」。『完訳』は「気の毒で語れぬとする語り手の省筆」と注す。
    123 
     124

    124 
     125 [第二段 法華御八講]
    125 
     126【冬になりゆくままに】−季節は冬に推移。冬、神無月、源氏御八講を催し、末摘花の兄の禅師招かれる。叔母、侍従を連れて筑紫に下る。末摘花の孤独、一層深まる。
    126 
     127【選らせたまひければ】−「せ」尊敬の助動詞。源氏の動作を二重敬語で表現。
    127 
     128【しかしか】−以下「生まれたまひけむ」まで、禅師の詞。御八講の日の源氏の素晴らしさを礼讃する。
    128 
     129【さてもかばかりつたなき身の】−以下「心憂の仏菩薩や」まで、末摘花の心中。源氏を仏菩薩に喩えるも訪れてくれないことを恨めしく思う。
    129 
     130【げに限りなめり】−末摘花の心中。「げに」は叔母の言葉を受けて、なるほど、の意。絶望的に思う。
    130 
     131

    131 
     132 [第三段 叔母、末摘花を誘う]
    132 
     133【ゆくりもなく走り来て】−『集成』は「都合も聞かずに」。『完訳』は「不意に車を走らせてきて」と訳す。
    133 
     134【跡あなる三つの径】−「なる」伝聞推定の助動詞。漢蒋*(言+羽)が庭に三逕を作り松・菊・竹を植えたという故事(蒙求)。「三径ハ荒ニ就ケドモ、松菊猶存セリ」(文選、帰去来の辞・陶淵明)の隠遁者の住まいをいう。日本では「門へ行く道、井へ行く道、厠へ行く道」(紫明抄)という説がある。
    134 
     135【出で立ちなむことを】−以下「さまには」まで、叔母の詞。侍従を迎えに来た旨を告げる。
    135 
     136【うちも泣くべきぞかし】−『集成』は「(世の常の人なら)ここで思わず泣きもするところだ。叔母を皮肉った草子地」と注す。
    136 
     137【故宮おはせしとき】−以下「おぼえたまふ」まで、叔母の詞。御無沙汰を謝し、末摘花を筑紫に誘う。
    137 
     138【いとうれしきことなれど】−以下「なむ思ひはべる」まで、末摘花の返事。誘いに感謝しながらも拒絶する。『完訳』は「世間離れを自認」と注す。
    138 
     139【げにしかなむ】−以下「かたくなむあるべき」まで、叔母の詞。説得を諦める。
    139 
     140【式部卿宮の】−紫の上の父宮。「澪標」「絵合」巻では「兵部卿宮」とあり、式部卿宮に転じるのは「少女」巻である。本文上問題のある箇所。
    140 
     141【心分けたまふ方もなかなり】−「なかるなり」の「る」が撥音便化し、さらに無表記の形。「なり」伝聞推定の助動詞。
    141 
     142【皆思し離れにたなり】−「に」完了の助動詞。「たなり」は「たるなり」の「る」が撥音便化し、さらに無表記化された形。
    142 
     143

    143 
     144 [第四段 侍従、叔母に従って離京]
    144 
     145【さらば侍従をだに】−叔母の詞。侍従を連れて行くことを言う。
    145 
     146【さらばまづ今日は】−以下「心苦しくなむ」まで、侍従の詞。末摘花にこっそりと言う。
    146 
     147【かう責めたまふ送りばかりにまうではべらむ】−「見送り」は目的地あるいは国境まで送っていくこと。侍従はそのまま筑紫国に住み着いてしまう。『完訳』は「こんなにお勧めになるので、せめて、叔母君をお見送りするつもりで参ろう、の意。下向の決意のゆらぐ気持であろう」と注す。
    147 
    c1148【絶ゆまじき筋を頼みし玉かづら思ひのほかにかけ離れぬるかな】−末摘花から侍従への贈歌。「絶ゆ」「筋」「掛け」は「かづら」の縁語。離別を惜しみ恨むような気持ちの表出。『完訳』は「身分の劣る者からの贈歌が普通。ここは逆」と指摘。<BR>148【絶ゆまじき筋を頼みし玉かづら思ひのほかにかけ離れぬる】−末摘花から侍従への贈歌。「絶ゆ」「筋」「掛け」は「かづら」の縁語。離別を惜しみ恨むような気持ちの表出。『完訳』は「身分の劣る者からの贈歌が普通。ここは逆」と指摘。<BR>
     149【故ままの】−以下「恨めしうなむ」まで、末摘花の歌に続けた詞。乳母子にまで見捨てられた絶望的気持ち。『新大系』は「乳母を親しんで呼ぶ語。ここは侍従の亡母」と注す。
    149 
     150【ままの遺言は】−以下「あくがるること」まで、侍従の詞。感情に溺れて思慮を失ったしゃべり出し。
    150 
     151【玉かづら絶えてもやまじ行く道の手向の神もかけて誓はむ】−侍従の玉鬘の贈歌に対する返歌。「絶ゆ」「玉かづら」「掛け」の語句を受けて、「玉かづら」「絶えても止まじ」「掛けて誓はむ」と切り返す。手向けの神に誓って決してお見捨て申しません、という気持ち。
    151 
     152【命こそ知りはべらね】−侍従の返歌に添えた詞。「こそ---ね」係結び。寿命、運命の意。
    152 
     153【いづら暗うなりぬ】−叔母の詞。侍従を急かせる。
    153 
     154【年ごろわびつつも行き離れざりつる人の】−『集成』は「今まで長年の間、迷惑がりながらもお側を離れなかった人(侍従)が」と訳す。
    154 
     155【いでやことわりぞ】−以下「念じ果つまじけれ」まで、老女房の詞。侍従に対して敬語を使うのは、姫君の側近であるから。
    155 
     156

    156 
     157 [第五段 常陸宮邸の寂寥]
    157 
     158【霜月ばかりになれば雪霰がちにて】−源氏、帰京の年の十一月、雪や霰の降ることの多い日々、末摘花は独り邸で寂しく暮らす。『完訳』は「末摘花の巻でも、雪が重要な景物。生活の辛苦を寒冷さで象徴」と注す。
    158 
     159【越の白山思ひやらるる雪のうちに】−「越の白山」は歌枕。『集成』は「消え果つる時しなければ越路なる白山の名は雪にぞありける」(古今集羈旅、四一四、躬恒)。『新大系』では「音に聞く越の白山白雪の降り積もりての事にぞありける」(公任集)を指摘する。
    159 
     160【泣きみ笑ひみ紛らはしつる人】−侍従をさす。
    160 
     161【塵がましき御帳のうちも】−『集成』は「男の訪れが絶えて久しく、整えることを怠った帳台をいう」と注す。
    161 
     162【年変はりぬ】−帰京の翌年、源氏二十九歳の年となる。
    162 
     163

    163 
     164 

    第三章 末摘花の物語 久しぶりの再会の物語

    164 
     165 [第一段 花散里訪問途上]
    165 
     166【卯月ばかりに花散里を思ひ出できこえたまひて】−春三か月が過ぎ去って、夏四月となる。源氏が花散里を訪問する途上、たまたま末摘花邸に立ち寄るという語り方。
    166 
     167【をかしきほどに月さし出でたり】−『集成』は「風情を添えるように」。『完訳』は「風情のある空に月がさし出ている」と訳す。
    167 
     168【松に藤の咲きかかりて】−松と藤という取り合わせの構図。当時の和歌や源氏物語中に多く見られる。
    168 
    c2-1169-170【月影になよびたる風につきて】−『集成』は「月の光に揺れているのが、風に乗って」。『完訳』は「月光のなかになよなよ揺れている、それが吹く風とともにさっと匂ってくるのが」。「たる」と「風」の間に読点が入る。連体中止で、下文の主格となる。<BR>《改行》
    【風につきてさと匂ふがなつかしく】−『完訳』は「人もなき宿ににほへる藤の花風にのみこそ乱るべらなれ」(貫之集)を指摘。<BR>
    169【月影になよびたる風につきてさと匂ふがなつかしく】−【月影になよびたる風につきて】−『集成』は「月の光に揺れているのが、風に乗って」。『完訳』は「月光のなかになよなよ揺れている、それが吹く風とともにさっと匂ってくるのが」。「たる」と「風」の間に読点が入る。連体中止で、下文の主格となる。<BR>【風につきてさと匂ふがなつかしく】−『完訳』は「人もなき宿ににほへる藤の花風にのみこそ乱るべらなれ」(貫之集)を指摘。<BR>
     171【早うこの宮なりけり】−『集成』は「それもそのはず、例の常陸の宮だったのだ。「早う」は、「もともと」「すでに」の原義から転じた用法」。『完訳』は「もともとそのはず、の語感」「それもそのはず、常陸の宮のお邸なのだった」と注す。
    170 
     172【ここは常陸の宮ぞかしな】−源氏の詞。問いかけ。終助詞「な」は質問の意。
    171 
     173【しかはべる】−惟光の詞。返答。源氏の問いかけに間髪を入れず答える。
    172 
     174【ここにありし人は】−以下「をこならむ」まで、源氏の詞。惟光に邸の中を尋ねさせる。
    173 
     175【尋ね入りてを】−「を」について、『集成』は「驚意の助詞」。『完訳』は「感嘆の助詞」と解す。
    174 
     176【ここにはいとど眺めまさるころにて】−常陸宮邸の中。末摘花、昼寝の夢から覚めて物思いに耽っている。
    175 
    c2-1177-178【亡き人を恋ふる袂のひまなきに荒れたる軒のしづくさへ添ふ】−末摘花の独詠歌。「亡き人」は父常陸宮。<BR>《改行》
    【添ふも】−
    和歌の末尾が地の文に続く。<BR>
    176【亡き人を恋ふる袂のひまなきに荒れたる軒のしづくさへ添ふ】−末摘花の独詠歌。「亡き人」は父常陸宮。この和歌の末尾が地の文に続く。<BR>
     179

    177 
     180 [第二段 惟光、邸内を探る]
    178 
     181【惟光入りてめぐるめぐる】−惟光、邸内を探り、案内を乞う。
    179 
     182【さればこそ】−以下「なきものを」まで、惟光の心中。
    180 
     183【かれは誰れそ何人ぞ】−老女房の声。外の人に向かって問う。
    181 
    c1184【侍従の君と聞こえし人に対面賜らむ】−惟光の詞。案内を乞う。惟光は侍従を通じて常陸宮邸に出入りしていた。<BR>182【侍従の君と聞こえし人に対面賜らむ】−惟光の詞。案内を乞う。惟光は侍従を通じて常陸宮邸に出入りしていた。<BR>
     185【それはほかになむ】−以下「女なむはべる」まで、老女房の詞。侍従は既に筑紫国へ下っていた。
    183 
    c1186【もし狐の変化にや】−女房の心中。狐の化物かと疑う。<BR>184【もしなどの変化にや】−女房の心中。狐の化物かと疑う。<BR>
     187【近う寄りて】−惟光の動作。前の「おぼゆれど」の主語は、女房たち。ここで、主語が変わる。
    185 
     188【たしかになむ】−以下「うしろやすくを」まで、惟光の詞。
    186 
     189【尋ねきこえさせたまふべき御心ざしも】−「きこえさせ」(「きこゆ」より一段と謙譲の度合の高い動詞、末摘花に対する敬意)「たまふ」(尊敬の補助動詞、源氏に対する敬意)「べき」(推量の助動詞、当然の意)。
    187 
     190【変はらせたまふ御ありさまならば】−以下「すこしはべれ」まで、老女房の返事。
    188 
     191【はべりなむや】−「はべり」丁寧の動詞、「なむ」複合語(「な」完了の助動詞、確述+「む」推量の助動詞、推量)強調、「や」係助詞、反語。
    189 
     192【よしよしまづかくなむ聞こえさせむ】−惟光の詞。
    190 
     193

    191 
     194 [第三段 源氏、邸内に入る]
    192 
     195【などかいと久しかりつる】−以下「しけさかな」まで源氏の詞。
    193 
     196【しかしかなむ】−以下「声にてはべりける」まで、惟光の詞。
    194 
     197【かかるしげき中に】−以下「訪はざりけるよ」まで、源氏の心中。『完訳』は「荒廃の中で自分を待ち続けた末摘花への感動から、自らの冷淡な仕打ちへの反省へと、反転していく」と注す。
    195 
     198【いかがすべき】−以下「人ざまになむ」まで、源氏の詞。『完訳』は「形式的には惟光への発言ながら、心語に続く自問自答」と注す。
    196 
     199【ゆゑある御消息もいと聞こえまほしけれど】−『集成』は「きちんとしたお歌などさし上げたいのは山々だが」。『完訳』は「じっさい何か気のきいた御消息も申し上げたいけれども」と訳す。
    197 
     200【さらにえ分けさせたまふまじき】−以下「入らせたまふべき」まで、惟光の詞。
    198 
     201【尋ねても我こそ訪はめ道もなく深き蓬のもとの心を】−源氏の独詠歌。貞淑な末摘花の真意を理解し訪問しようという意。
    199 
     202【なほ下りたまへば】−前に「なほつつましう」を受けて、躊躇しながらもやはり下車した、の意。
    200 
     203【雨そそきもなほ秋の時雨めきて】−「東屋の真屋のあまりのその雨そそき我立ち濡れぬ殿戸開かせかすがひもとざしもあらばこそその殿戸我鎖さめ押し開いて来ませ我や人妻」(催馬楽「東屋」)による描写。雨に茅屋の女を訪ねる類型。
    201 
    c1204【御傘さぶらふ木の下露は雨にまさりて】−惟光の詞。「みさぶらひみかさと申せ宮城野の木の下露は雨にまさりて」(古今集東歌、一〇九一)を踏まえる。傘を差し出す。<BR>202【御傘さぶらふ。げに、木の下露は雨にまさりて】−惟光の詞。「みさぶらひみかさと申せ宮城野の木の下露は雨にまさりて」(古今集東歌、一〇九一)を踏まえる。傘を差し出す。<BR>
     205

    203 
     206 [第四段 末摘花と再会]
    204 
     207【姫君はさりともと】−常陸宮邸の室内。
    205 
     208【年ごろの隔てにも】−以下「負けきこえにける」まで、源氏の詞。冗談を交えながら長年の無沙汰を詫びる。
    206 
     209【杉ならぬ木立のしるさに】−「我が庵は三輪の山もと恋しくはとぶらひ来ませ杉立てる門」(古今集雑下、九八二、読人しらず)を引く。
    207 
     210【かかる草隠れに】−以下「罪も負ふべき」まで、源氏の詞。
    208 
    c1211【あはれもおろかなら】−末摘花を不憫と思う気持ちが並々でないという。<BR>209【あはれもおろかなら】−末摘花を不憫と思う気持ちが並々でないという。<BR>
     212【また変はらぬ心ならひに】−末摘花同様に自分を心変わりしない性格だという。
    210 
     213【露けさ】−景情一致の表現。自分の気持ちを露に象徴する。
    211 
     214【言ひしに違ふ罪】−「いとどこそまさりにまされ忘れじと言ひしに違ふことのつらさは」(奥入所引、出典未詳)を踏まえる。
    212 
    c1215【さしも思されぬこと情け情けしう聞こえなしたまふことどもあむめり】−『完訳』は「以下、語り手の評。源氏の口説の抜群な巧みさをいう」と注す。「聞こえなす」という言い方に注意。<BR>213【さしも思されぬことも、情け情けしう聞こえなしたまふことどもあむめり】−『完訳』は「以下、語り手の評。源氏の口説の抜群な巧みさをいう」と注す。「聞こえなす」という言い方に注意。<BR>
     216【引き植ゑしならねど】−「引き植ゑし人はうべこそ老いにけれ松の木高くなりにけるかな」(後撰集雑一、一一〇七、凡河内躬恒)を踏まえる。
    214 
     217【藤波のうち過ぎがたく見えつるは松こそ宿のしるしなりけれ】−源氏の末摘花への贈歌。「松」に「待つ」を掛ける。『完訳』は「偶然の再会と認めつつ、末摘花の誠実さへの感動を歌った」と注す。
    215 
     218【数ふれば】−以下「あやしうなむ」まで、歌に続く源氏の詞。
    216 
     219【鄙の別れに衰へし】−「思ひきや鄙の別れに衰へて海人の縄たき漁りせむとは」(古今集雑下、九六一、小野篁)。
    217 
     220【年を経て待つしるしなきわが宿を花のたよりに過ぎぬばかりか】−末摘花の返歌。「藤波」「過ぎ」「松」「宿」「しるし」の語句を受けて、「待つ」「しるしなき」「我が宿を」「花(藤)のたよりに」「過ぎぬばかりか」と切り返す。藤の花を愛でるついでに立ち寄っただけなのですね、という意。
    218 
     221【月入り方になりて】−「艶なるほどの夕月夜に」外出した。上弦の月の入りは夜半ごろ。
    219 
     222【忍草にやつれたる上の見るめよりは】−「君忍ぶ草にやつるる故里は松虫の音ぞ悲しかりける」(古今集秋上、二〇〇、読人しらず)を踏まえる。
    220 
     223【昔物語に塔こぼちたる人もありけるを】−『集成』は「未詳。『奥入』に、昔、顔叔子という婦人が、夫の留守中、夫の疑いを避けるために、塔の壁を壊し、夜通し明りをつけていたという、貞淑な女の話をあげる」。『完訳』は「未詳。親が建てた供養塔を親不孝の子が壊す物語とも。また散佚の『桂中納言物語』の、貧女が几帳の帷子を衣に仕立てた話とも」。「塔」の語句、青表紙本異同ナシ。河内本は二本(七大)が「堂」、四本(宮尾鳳曼)が「丁」とある。別本(陽)は「丁」とある。定家は「塔」の意に解したが、「堂」「丁」の意に解釈する説もあった。
    221 
     224【さる方にて忘れじと心苦しく思ひしを】−『集成』は「末摘花をそういう人として(恋人としてではなく、庇護すべき人として)忘れずにお世話しようと、おいたわしく思っていたのに」と注す。
    222 
     225

    223 
     226 

    第四章 末摘花の物語 その後の物語

    224 
     227 [第一段 末摘花への生活援助]
    225 
     228【祭御禊などのほど】−四月の賀茂祭のころとなる。
    226 
    c1229【板垣といふものうちめ繕はせたまふ】−二条東院に迎え入れるまでの一時的な修理という意味である。<BR>227【板垣といふものうちめ繕はせたまふ】−二条東院に迎え入れるまでの一時的な修理という意味である。<BR>
     230【そこになむ渡したてまつるべき】−以下「さぶらはせたまへ」まで、源氏の手紙文。その一部分。
    228 
     231【いかなりける御心にかありけむこれも昔の契りなめりかし】−『集成』は「草子地」と注す。
    229 
     232

    230 
     233 [第二段 常陸宮邸に活気戻る]
     
    231 
     234【迷ひ散り】−きをひちり御横為榊池肖三 書陵部本が大島本と同文。『集成』『完訳』等は「きほひ散り」と校訂。『完訳』は「源氏の庇護で豊になると、戻って来る者もいる。「競ひ散り」「あらそい出づる」とあり、離散も帰参も、先を競う軽薄さ」と注す。
    232 
     235【うちつけの心みえに参り帰り】−『集成』は「てきめんに変る心をあけすけに」と注す。
    233 
     236【追従し仕うまつる】−下家司の態度も女房と同様にげんきんな心の変わりようである。
    234 
     237

    235 
     238 [第三段 末摘花のその後]
    236 
    c3-1239-241【二年ばかりこの古宮に眺めたまひて東の院といふ所になむ後は渡したてまつりたまひける】−二年後、末摘花は二条東院に移り住むことになる。<BR>《改行》
    【眺めたまひて】−『集成』は「さびしくお暮しになって」。『完訳』は「無聊の日々をお過しになるが」と訳す。<BR>《改行》
    【かの大の北の方上りて】−『集成』は「「かの大弍の北の方」以下「聞こゆべき」まで、物語の語り手の言葉。実際に、末摘花の身の上を見聞したことのある者が語る体」。『完訳』は「以下、語り手の言辞。省筆しながらも、叔母・侍従の複雑な反応を暗示して、物語をしめくくる」と注す。<BR>
    237-238【二年ばかりこの古宮に眺めたまひて東の院といふ所になむ後は渡したてまつりたまひける】−二年後、末摘花は二条東院に移り住むことになる。<BR>【眺めたまひて】−『集成』は「さびしくお暮しになって」。『完訳』は「無聊の日々をお過しになるが」と訳す。<BR>《改行》
    【かの大の北の方上りて】−『集成』は「「かの大弍の北の方」以下「聞こゆべき」まで、物語の語り手の言葉。実際に、末摘花の身の上を見聞したことのある者が語る体」。『完訳』は「以下、語り手の言辞。省筆しながらも、叔母・侍従の複雑な反応を暗示して、物語をしめくくる」と注す。<BR>
     242【とぞ】−『集成』「--ということです。最初の語り手の話を聞き伝えた者が付け加えた体の言葉」と注す。
    239 
     243

    240 
     244源氏物語の世界ヘ
    241 
     245本文
    242 
     246ローマ字版
    243 
     247現代語訳
    244 
     248大島本
    245 
     249自筆本奥入
    246 
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