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11 花散里(定家自筆本)
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HANATIRUSATO
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光る源氏の二十五歳夏、近衛大将時代の物語
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Tale of Hikaru-Genji's Konoe-Daisho era in summer at the age of 25
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1 |
花散里の物語
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Tale of Hanachirusato
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1.1 |
第一段 花散里訪問を決意
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1-1 Genji will visit to Hanachirusato
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1.1.1 |
人知れぬ、御心づからのもの思はしさは、 いつとなきことなめれど ★、 かくおほかたの世につけてさへ、わづらはしう思し乱るる ことのみまされば、もの心細く、 世の中なべて厭はしう 思しならるるに、 さすがなること多かり。
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誰知らぬ、ご自分から求めての物思いは、いつといって絶えることはないようであるが、このように世間一般のことにつけてまでも、めんどうにお悩みになることばかりが増えてゆくので、何となく心細く、世の中をおしなべて嫌にお思いになるが、そうも行かないことが多かった。
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みずから求めてしている恋愛の苦は昔もこのごろも変わらない源氏であるが、ほかから受ける忍びがたい圧迫が近ごろになってますます加わるばかりであったから、心細くて、人間の生活というものからのがれたい欲求も起こるが、さてそうもならない絆は幾つもあった。
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Hito-sire-nu, mi-kokoro-dukara no mono-omohasisa ha, itu to naki koto na' mere do, kaku ohokata no yo ni tuke te sahe, wadurahasiu obosi midaruru koto nomi masare ba, mono-kokoro-bosoku, yononaka nabete itohasiu obosi nara ruru ni, sasuga naru koto ohokari.
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1.1.2 |
麗景殿と聞こえしは、宮たちもおはせず、院隠れさせたまひて後、いよいよ あはれなる御ありさまを、ただこの大将殿の 御心にもて隠されて、 過ぐしたまふなるべし。
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麗景殿と申し上げた方は、宮たちもいらっしゃらず、院が御崩御あそばした後、ますますお寂しいご様子を、わずかにこの大将殿のお心づかいに庇護されて、お過ごしになっているのであろう。
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麗景殿の女御といわれた方は皇子女もなくて、院がお崩れになって以後はまったくたよりない身の上になっているのであるが、源氏の君の好意で生活はしていた。
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Reikei-den to kikoye si ha, Miya-tati mo ohase zu, Win kakure sase tamahi te noti, iyo-iyo ahare naru ohom-arisama wo, tada kono Daisyau-dono no mi-kokoro ni mote-kakusa re te, sugusi tamahu naru besi.
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1.1.3 |
御おとうとの三の君、内裏わたりにて はかなうほのめきたまひし なごりの、 例の御心なれば、さすがに忘れも果てたまはず、わざとも もてなしたまはぬに、 人の御心をのみ尽くし果てたまふべかめるをも、 このごろ 残ることなく思し乱るる 世のあはれのくさはひには、思ひ出で たまふには、忍びがたくて、 五月雨の空めづらしく晴れたる雲間に渡りたまふ。
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御令妹の三の君、宮中辺りでちょっとお逢いになった縁で、例のご性格なので、そうはいってもすっかりお忘れにならず、熱心にお通い続けるというのでもないので、女君がすっかりお悩みきっていらっしゃるらしいのも、このころのすっかり何もかもお悩みになっている世の中の無常をそそる種の一つとしては、お思い出しになると、抑えきれなくて、五月雨の空が珍しく晴れた雲の切れ間にお出向きになる。
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この人の妹の三の君と源氏は若い時代に恋愛をした。例の性格から関係を絶つこともなく、また夫人として待遇することもなしにまれまれ通っているのである。女としては煩悶をすることの多い境遇である。物哀れな心持ちになっているこのごろの源氏は、急にその人を訪うてやりたくなった心はおさえきれないほどのものだったから、五月雨の珍しい晴れ間に行った。
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Ohom-otouto no Sam-no-Kimi, Uti watari nite hakanau honomeki tamahi si nagori no, rei no mi-kokoro nare ba, sasuga ni wasure mo hate tamaha zu, waza to mo motenasi tamaha nu ni, hito no mi-kokoro wo nomi tukusi hate tamahu beka' meru wo mo, kono-goro nokoru koto naku obosi midaruru yo no ahare no kusahahi ni ha, omohi-ide tamahu ni ha, sinobi-gataku te, samidare no sora medurasiku hare taru kumo-ma ni watari tamahu.
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1.2 |
第二段 中川の女と和歌を贈答
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1-2 Genji and a woman in Nakagawa compose and exchange waka
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1.2.1 |
何ばかりの御よそひなく、うちやつして、 御前などもなく、忍びて、 中川のほどおはし過ぐるに、ささやかなる家の、木立などよしばめるに、よく鳴る琴を、 あづまに調べて、 掻き合はせ、にぎははしく 弾きなすなり。
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特にこれといったお支度もなさらず、目立たぬようにして、御前駆などもなく、お忍びで、中川の辺りをお通り過ぎになると、小さな家で、木立など風情があって、良い音色の琴を東の調べに合わせて、賑やかに弾いているのが聞こえる。
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目だたない人数を従えて、ことさら簡素なふうをして出かけたのである。中川辺を通って行くと、小さいながら庭木の繁りようなどのおもしろく見える家で、よい音のする琴を和琴に合わせて派手に弾く音がした。
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Nani bakari no ohom-yosohi naku, uti-yatusi te, go-zen nado mo naku, sinobi te, Naka-gaha no hodo ohosi suguru ni, sasayaka naru ihe no, kodati nado yosi-bame ru ni, yoku naru koto wo, Aduma ni sirabe te, kaki-ahase, nigihahasiku hiki-nasu nari.
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1.2.2 |
御耳とまりて、門近なる所なれば、すこし さし出でて見入れたまへば、大きなる桂の木の追ひ風に、祭のころ 思し出でられて、そこはかとなくけはひをかしきを、「 ただ一目見たまひし宿りなり」と見たまふ。ただならず、「 ほど経にける、おぼめかしくや」と、つつましけれど、 過ぎがてにやすらひたまふ、折しも、ほととぎす ★鳴きて渡る。もよほしきこえ顔なれば、御車おし返させて、例の、惟光入れたまふ。
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お耳にとまって、門に近い所なので、少し乗り出してお覗き込みなさると、大きな桂の木を吹き過ぎる風に乗って匂ってくる香りに、葵祭のころが思い出されなさって、どことなく趣があるので、「一度お契りになった家だ」と御覧になる。お気持ちが騒いで、「ずいぶんと過ぎてしまったなあ、はっきりと覚えているかどうか」と、気が引けたが、通り過ぎることもできず、ためらっていらっしゃる、ちょうどその時、ほととぎすが鳴いて飛んで行く。訪問せよと促しているかのようなので、お車を押し戻させて、例によって、惟光をお入れになる。
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源氏はちょっと心が惹かれて、往来にも近い建物のことであるから、なおよく聞こうと、少しからだを車から出してながめて見ると、その家の大木の桂の葉のにおいが風に送られて来て、加茂の祭りのころが思われた。なんとなく好奇心の惹かれる家であると思って、考えてみると、それはただ一度だけ来たことのある女の家であった。長く省みなかった自分が訪ねて行っても、もう忘れているかもしれないがなどと思いながらも、通り過ぎる気にはなれないで、じっとその家を見ている時に杜鵑が啼いて通った。源氏に何事かを促すようであったから、車を引き返させて、こんな役に馴れた惟光を使いにやった。
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Ohom-mimi tomari te, kado-dika naru tokoro nare ba, sukosi sasi-ide te mi-ire tamahe ba, ohoki naru katura-no-ki no ohi-kaze ni, maturi no koro obosi-ide rare te, sokohaka to naku kehahi wokasiki wo, "Tada hito-me mi tamahi si yadori nari." to mi tamahu. Tada nara zu, "Hodo he ni keru, obomekasiku ya?" to, tutumasikere do, sugi-gate ni yasurahi tamahu, wori simo, hototogisu naki te wataru. Moyohosi kikoye gaho nare ba, mi-kuruma osi-kahe sase te, rei no, Koremitu ire tamahu.
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1.2.3 |
「 をちかへりえぞ忍ばれぬほととぎす
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「昔にたちかえって懐かしく思わずにはいられない、ほととぎすの声だ
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をちかへりえぞ忍ばれぬ杜鵑
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"Woti-kaheri e zo sinoba re nu hototogisu
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1.2.4 |
ほの語らひし宿の垣根に」
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かつてわずかに契りを交わしたこの家なので」
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ほの語らひし宿の垣根に
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hono-katarahi si yado no kakine ni
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1.2.5 |
寝殿とおぼしき屋の西の妻に人びとゐたり。先々も聞きし声なれば、 声づくりけしきとりて、御消息聞こゆ。若やかなるけしきどもして、 おぼめくなるべし。
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寝殿と思われる家屋の西の角に女房たちがいた。以前にも聞いた声なので、咳払いをして相手の様子を窺ってから、ご言伝を申し上げる。若々しい女房たちの気配がして、不審に思っているようである。
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この歌を言わせたのである。惟光がはいって行くと、この家の寝殿ともいうような所の西の端の座敷に女房たちが集まって、何か話をしていた。以前にもこうした使いに来て、聞き覚えのある声であったから、惟光は声をかけてから源氏の歌を伝えた。座敷の中で若い女房たちらしい声で何かささやいている。だれの訪れであるかがわからないらしい。
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Sinden to obosiki ya no nisi no tuma ni hito-bito wi tari. Saki-zaki mo kiki si kowe nare ba, kowa-dukuri kesiki tori te, ohom-seusoko kikoyu. Wakayaka naru kesiki-domo si te, obomeku naru besi.
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1.2.6 |
「 ほととぎす言問ふ声はそれなれど
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「ほととぎすの声ははっきり分かりますが
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ほととぎす語らふ声はそれながら
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"Hototogisu koto-tohu kowe ha sore nare do
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1.2.7 |
あなおぼつかな五月雨の空」
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どのようなご用か分かりません、五月雨の空のように」
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あなおぼつかな五月雨の空
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ana obotuka na samidare no sora
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1.2.8 |
ことさらたどると見れば、
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わざと分からないというふりをしていると見てとったので、
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こんな返歌をするのは、わからないふうをわざと作っているらしいので、
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Kotosara tadoru to mire ba,
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1.2.9 |
「 よしよし、植ゑし垣根も ★」
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「よろしい。植えた垣根も」
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「では門違いなのでしょうよ」
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"Yosi-yosi, uwe si kakine mo."
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1.2.10 |
とて出づるを、 人知れぬ心には、ねたうもあはれにも思ひけり。
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と言って出て行くのを、心の内では、恨めしくも悲しくも思うのであった。
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と惟光が言って、出て行くのを、主人の女だけは心の中でくやしく思い、寂しくも思った。
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tote iduru wo, hito sire nu kokoro ni ha, netau mo ahare ni mo omohi keri.
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1.2.11 |
「 さも、つつむべきことぞかし。ことわりにもあれば、さすがなり。 かやうの際に、筑紫の五節が、らうたげなりしはや」
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「そのように、遠慮しなければならない事情があるのであろう。道理でもあるので、そうもいかまい。このような身分では、筑紫の五節がかわいらしげであったなあ」
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知らぬふりをしなければならないのであろう、もっともであると源氏は思いながらも物足らぬ気がした。この女と同じほどの階級の女としては九州に行っている五節が可憐であった
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"Sa mo, tutumu beki koto zo kasi. Kotowari ni mo are ba, sasuga nari. Kayau no kiha ni, Tukusi-no-Goseti ga, rautage nari si haya!"
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1.2.12 |
と、まづ思し出づ。
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と、まっ先にお思い出しになる。
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と源氏は思った。
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to, madu obosi-idu.
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1.2.13 |
いかなるにつけても、御心の暇なく苦しげなり。 年月を経ても、なほかやうに、見しあたり、情け過ぐしたまはぬにしも、なかなか、あまたの人のもの思ひぐさなり。
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どのような女性に対しても、お心の休まる間がなく苦しそうである。長い年月を経ても、やはりこのように、かつて契ったことのある女性には、情愛をお忘れにならないので、かえって、おおぜいの女性たちの物思いの種なのである。
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どんな所にも源氏の心を惹くものがあって、それがそれ相応に源氏を悩ましているのである。長い時間を中に置いていても、同じように愛し、同じように愛されようと望んでいて、多数の女の物思いの原因は源氏から与えられているとも言えるのである。
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Ika naru ni tuke te mo, mi-kokoro no itoma naku kurusige nari. Tosi-tuki wo he te mo, naho kayau ni, mi si atari, nasake sugusi tamaha nu ni simo, naka-naka, amata no hito no mono-omohi-gusa nari.
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出典1 |
過ぎがてに |
夜や暗き道や惑へるほととぎす我が宿をしも過ぎがてに鳴く |
古今集夏-一五四 紀友則 |
1.2.2 |
出典2 |
植ゑし垣根も |
囲はねど蓬の籬夏来れば植ゑし垣根も茂りあひけり |
出典未詳-源氏釈所引 |
1.2.9 |
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1.3 |
第三段 姉麗景殿女御と昔を語る
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1-3 Genji talks about passed days with Hanachirusato's sister
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1.3.1 |
かの本意の所は、思しやりつるもしるく、人目なく、静かにておはするありさまを見たまふも、 いとあはれなり。まづ、女御の御方にて、昔の御物語など聞こえたまふに、夜更けにけり。
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あの目的の所は、ご想像なさっていた以上に、人影もなく、ひっそりとお暮らしになっている様子を御覧になるにつけても、まことにおいたわしい。最初に、女御のお部屋で、昔のお話などを申し上げなさっているうちに、夜も更けてしまった。
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目的にして行った家は、何事も想像していたとおりで、人少なで、寂しくて、身にしむ思いのする家だった。最初に女御の居間のほうへ訪ねて行って、話しているうちに夜がふけた。
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Kano ho'i no tokoro ha, obosi-yari turu mo siruku, hito-me naku, siduka ni te ohasuru arisama wo mi tamahu mo, ito ahare nari. Madu, Nyougo no ohom-kata nite, mukasi no ohom-monogatari nado kikoye tamahu ni, yo huke ni keri.
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1.3.2 |
二十日の月さし出づるほどに、 いとど木高き蔭ども木暗く見えわたりて、近き橘の薫りなつかしく匂ひて、女御の御けはひ、ねびにたれど、あくまで用意あり、あてに らうたげなり。
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二十日の月が差し昇るころに、ますます木高い木蔭で一面に暗く見えて、近くの橘の薫りがやさしく匂って、女御のご様子、お年を召しているが、どこまでも深い心づかいがあり、気品があって愛らしげでいらっしゃる。
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二十日月が上って、大きい木の多い庭がいっそう暗い蔭がちになって、軒に近い橘の木がなつかしい香を送る。女御はもうよい年配になっているのであるが、柔らかい気分の受け取れる上品な人であった。
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Hatuka-no-tuki sasi-iduru hodo ni, itodo kodakaki kage-domo ko-guraku miye-watari te, tikaki tatibana no kawori natukasiku nihohi te, Nyougo no ohom-kehahi, nebi ni tare do, akumade youi ari, ate ni rautage nari.
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1.3.3 |
「 すぐれてはなやかなる御おぼえこそなかりしかど、むつましうなつかしき方には思したりしものを」
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「格別目立つような御寵愛こそなかったが、仲睦まじく親しみの持てる方とお思いでいらしたなあ」
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すぐれて時めくようなことはなかったが、愛すべき人として院が見ておいでになったと、
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"Sugure te hanayaka naru ohom-oboye koso nakari sika do, mutumasiu natukasiki kata ni ha obosi tari si mono wo!"
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1.3.4 |
など、思ひ出できこえたまふにつけても、昔のことかきつらね思されて、うち泣きたまふ。
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などと、お思い出し申し上げなさるにつけても、昔のことが次から次へと思い出されて、ふとお泣きになる。
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源氏はまた昔の宮廷を思い出して、それから次々に昔恋しいいろいろなことを思って泣いた。
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nado, omohi-ide kikoye tamahu ni tuke te mo, mukasi no koto kaki-turane obosa re te, uti-naki tamahu.
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1.3.5 |
ほととぎす、 ありつる垣根のにや、同じ声にうち鳴く。「 慕ひ来にけるよ」と、思さるるほども、艶なりかし。「 ▼ いかに知りてか」など、忍びやかにうち誦んじたまふ。
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ほととぎす、先程の垣根のであろうか、同じ声で鳴く。「自分の後を追って来たのだな」と思われなさるのも、優美である。「どのように知ってか」などと、小声で口ずさみなさる。
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杜鵑がさっき町で聞いた声で啼いた。同じ鳥が追って来たように思われて源氏はおもしろく思った。「いにしへのこと語らへば杜鵑いかに知りてか」という古歌を小声で歌ってみたりもした。
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Hototogisu, ari turu kakine no ni ya, onazi kowe ni uti-naku. "Sitahi ki ni keru yo." to, obosa ruru hodo mo, en nari kasi. "Ika ni siri te ka?" nado, sinobiyaka ni uti-zyun-zi tamahu.
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1.3.6 |
「 ▼ 橘の香をなつかしみほととぎす
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「昔を思い出させる橘の香を懐かしく思って
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「橘の香をなつかしみほととぎす
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"Tatibana no ka wo natukasimi hototogisu
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1.3.7 |
花散る里をたづねてぞとふ
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ほととぎすが花の散ったこのお邸にやって来ました
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花散る里を訪ねてぞとふ
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hanatirusato wo tadune te zo tohu
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1.3.8 |
いにしへの忘れがたき慰めには、なほ参りはべりぬべかりけり。こよなうこそ、紛るることも、数添ふこともはべりけれ。 おほかたの世に従ふものなれば、昔語もかきくづすべき人少なうなりゆくを、 まして、つれづれも紛れなく思さるらむ」
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昔の忘れられない心の慰めには、やはり参上いたすべきでした。この上なく、物思いの紛れることも、数増すこともございました。人は時流に従うものですから、昔話も語り合える人が少なくなって行くのを、わたし以上に、所在なさも紛らすすべもなくお思いでしょう」
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昔の御代が恋しくてならないような時にはどこよりもこちらへ来るのがよいと今わかりました。非常に慰められることも、また悲しくなることもあります。時代に順応しようとする人ばかりですから、昔のことを言うのに話し相手がだんだん少なくなってまいります。しかしあなたは私以上にお寂しいでしょう」
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Inisihe no wasure gataki nagusame ni ha, naho mawiri haberi nu bekari keri. Koyonau koso, magiruru koto mo, kazu sohu koto mo haberi kere. Ohokata no yo ni sitagahu mono nare ba, mukasi-gatari mo kaki kudusu beki hito sukunau nari yuku wo, masite, ture-dure mo magire naku obosa ru ram."
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1.3.9 |
と聞こえたまふに、いとさらなる世なれど、ものをいとあはれに 思し続けたる御けしきの浅からぬも、人の御さまからにや、多くあはれぞ添ひにける。
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とお申し上げなさると、まことに言うまでもない世情であるが、物をしみじみとお思い続けていらっしゃるご様子が一通りでないのも、お人柄からであろうか、ひとしお哀れが感じられるのであった。
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と源氏に言われて、もとから孤独の悲しみの中に浸っている女御も、今さらのようにまた心がしんみりと寂しくなって行く様子が見える。人柄も同情をひく優しみの多い女御なのであった。
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to kikoye tamahu ni, ito sara naru yo nare do, mono wo ito ahare ni obosi tuduke taru mi-kesiki no asakara nu mo, hito no ohom-sama kara ni ya, ohoku ahare zo sohi ni keru.
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1.3.10 |
「 人目なく荒れたる宿は橘の
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「訪れる人もなく荒れてしまった住まいには
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人目なく荒れたる宿は橘の
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"Hito-me naku are taru yado ha tatibana no
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1.3.11 |
花こそ軒のつまとなりけれ」
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軒端の橘だけがお誘いするよすがになったのでした」
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花こそ軒のつまとなりけれ
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hana koso noki no tuma to nari kere
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1.3.12 |
とばかりのたまへる、「 さはいへど、人にはいとことなりけり」と、思し比べらる。
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とだけおっしゃっるが、「そうはいっても、他の女性とは違ってすぐれているな」と、ついお思い比べられる。
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とだけ言うのであるが、さすがにこれは貴女であると源氏は思った。さっきの家の女以来幾人もの女性を思い出していたのであるが、それとこれとが比べ合わせられたのである。
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to bakari notamahe ru, "Sa ha ihe do, hito ni ha ito koto nari keri." to, obosi kurabe raru.
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出典3 |
いかに知りてか |
いにしへのこと語らへばほととぎすいかに知りてか古声のする |
古今六帖五-二八〇四 |
1.3.5 |
出典4 |
橘の香をなつかしみほととぎす花散る里をたづねてぞとふ |
五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする |
古今集夏-一三九 読人しらず |
1.3.6 |
橘の花散る里のほととぎす片恋しつつ鳴く日しぞ多き |
万葉集巻八-一四七七 大伴旅人 |
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1.4 |
第四段 花散里を訪問
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1-4 Genji meets Hanatirusato after long absence
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1.4.1 |
西面には、わざとなく、忍びやかに うち振る舞ひたまひて、覗きたまへるも、めづらしきに添へて、世に目なれぬ御さまなれば、 つらさも忘れぬべし。何やかやと、例の、なつかしく語らひたまふも、思さぬことに あらざるべし。
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西面には、わざわざの訪問ではないように、人目に立たないようにお振る舞いになって、訪れなさったのも、珍しいのに加えて、世にも稀なお美しさなので、恨めしさもすっかり忘れてしまいそうである。あれやこれやと、例によって、やさしくお語らいになるのも、お心にないことではないのであろう。
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西座敷のほうへは、静かに親しいふうではいって行った。忍びやかに目の前へ現われて来た美しい恋人を見て、どれほどの恨みが女にあっても忘却してしまったに違いない。恋しかったことをいろいろな言葉にして源氏は告げていた。
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Nisi-omote ni ha, waza to naku, sinobiyaka ni uti-hurumahi tamahi te, nozoki tamahe ru mo, medurasiki ni sohe te, yo ni me nare nu ohom-sama nare ba, turasa mo wasure nu besi. Nani ya ka ya to, rei no, natukasiku katarahi tamahu mo, obosa nu koto ni ara zaru besi.
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1.4.2 |
かりにも見たまふかぎりは、おしなべての際にはあらず、さまざまにつけて、いふかひなしと思さるるはなければにや、憎げなく、我も人も情けを交はしつつ、過ぐしたまふなりけり。 それをあいなしと思ふ人は、とにかくに変はるも、「 ことわりの、世のさが」と、思ひなしたまふ。 ありつる垣根も、 さやうにて、ありさま変はりにたるあたりなりけり。
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かりそめにもお契りになる相手は、皆並々の身分の方ではなく、それぞれにつけて、何の取柄もないとお思いになるような方はいないからであろうか、嫌と思わず、自分も相手も情愛を交わし合いながら、お過ごしになるのであった。それを、つまらないと思う人は、何やかやと心変わりしていくのも、「無理もない、人の世の習いだ」と、しいてお思いになる。先程の垣根も、そのようなわけで、心変わりしてしまった類の人なのであった。
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嘘ではないのである。源氏の恋人である人は初めから平凡な階級でないせいであるか、何らかの特色を備えてない人は稀であった。好意を持ち合って長く捨てない、こんな間柄でいることを肯定のできない人は去って行く。それもしかたがないと源氏は思っているのである。さっきの町の家の女もその一人で、現在はほかに愛人を持つ女であった。
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Kari ni mo mi tamahu kagiri ha, osinabete no kiha ni ha ara zu, sama-zama ni tuke te, ihukahi-nasi to obosa ruru ha nakere ba ni ya, nikuge naku, ware mo hito mo nasake wo kahasi tutu, sugusi tamahu nari keri. Sore wo ai-nasi to omohu hito ha, toni-kakuni kaharu mo, "Kotowari no, yo no saga." to, omohi-nasi tamahu. Ari turu kakine mo, sayau ni te, arisama kahari ni taru atari nari keri.
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Last updated 5/20/2001 渋谷栄一校訂(C)(ver.1-2-2) Last updated 3/10/2002 渋谷栄一注釈(ver.1-1-3) |
Last updated 5/20/2001 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-2) |
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Last updated 8/12/2002 Written in Japanese roman letters by Eiichi Shibuya (C) (ver.1-3-2)
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Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition) |