30 藤袴(大島本)


HUDIBAKAMA


光る源氏の太政大臣時代
三十七歳秋八月から九月の物語



Tale of Hikaru-Genji's Daijo-Daijin era, from August to September at the age of 37

2
第二章 玉鬘の物語 玉鬘と柏木との新関係


2  Tale of Tamakazura  A new relation between Tamakazura and her brother Kashiwagi

2.1
第一段 柏木、内大臣の使者として玉鬘を訪問


2-1  Kashiwagi vists to Tamakazura as a messenger of Nai-Daijin

2.1.1  まことの御はらからの君達は、え寄り来ず、「宮仕へのほどの御後見を」と、おのおの心もとなくぞ思ひける。
 実のご兄弟の公達は、近づくことができず、「宮仕えの時のご後見役をしよう」と、それぞれ待ち兼ねているのであった。
 兄弟である内大臣の子息たちはまだ遠慮が多くて出入りをようしないのである。御所で尚侍の後援をするためにはもっと親しくなっておかないでは都合が悪いのにと、その人たちは不安に思っていた。
  Makoto no ohom-harakara no kimi-tati ha, e yori-ko zu, "Miyadukahe no hodo no ohom-usiromi wo." to, ono-ono kokoro-motonaku zo omohi keru.
2.1.2  頭中将、心を尽くしわびしことは、かき絶えにたるを、「 うちつけなりける御心かな」と、 人びとはをかしがるに殿の御使にておはしたり。なほもて出でず、忍びやかに御消息なども聞こえ交はしたまひければ、月の明かき夜、桂の蔭に隠れてものしたまへり。見聞き入るべくもあらざりしを、名残なく南の御簾の前に据ゑたてまつる。
 頭中将は、心の底から恋い焦がれていたことは、すっかりなくなったのを、「てきめんに変わるお心だわ」と、女房たちがおもしろがっているところに、殿のお使いとしていらっしゃった。やはり表向きに出さず、こっそりとお手紙なども差し上げなさったので、月の明るい夜、桂の蔭に隠れていらっしゃった。手紙を見たり聞いたりしなかったのに、すっかり変わって南の御簾の前にお通し申し上げる。
 とうの中将は恋のやっこになって幾通となく手紙を送ってきたようなこともなくなったのを正直だといって女房たちはおかしがっていたのであるが、父の大臣の使いになってたずねて来た。まだ公然に親であり娘であるという往来ゆききははばかって、そっと手紙を送って、そっと返事を玉鬘たまかずらが出すほどにしかしていないのであったから、こうした月明の晩に隠れて頭の中将も訪ねて来たのである。以前はだれからも訪問者として取り扱おうとされなかった中将が、今夜は南の縁側に座を設けて招ぜられた。
  Tou-no-Tyuuzyau, kokoro wo tukusi wabi si koto ha, kaki-taye ni taru wo, "Utituke nari keru mi-kokoro kana!" to, hito-bito ha wokasigaru ni, Tono no ohom-tukahi nite ohasi tari. Naho mote-ide zu, sinobiyaka ni ohom-seusoko nado mo kikoye-kahasi tamahi kere ba, tuki no akaki yo, katura no kage ni kakure te monosi tamahe ri. Mi-kiki iru beku mo ara zari si wo, nagori naku minami no mi-su no mahe ni suwe tatematuru.
2.1.3  みづから聞こえたまはむことはしも、なほつつましければ、 宰相の君していらへ聞こえたまふ。
 ご自身からお返事を申し上げなさることは、やはり遠慮されるので、宰相の君を介してお答え申し上げなさる。
 玉鬘は自身で出て話をすることはまだ恥ずかしくてできずに、返辞だけは宰相の君を取り次ぎにしてした。
  Midukara kikoye tamaha m koto ha simo, naho tutumasikere ba, Saisyau-no-Kimi si te irahe kikoye tamahu.
2.1.4  「 なにがしらを選びてたてまつりたまへるは、人伝てならぬ御消息にこそはべらめ。かくもの遠くては、 いかが聞こえさすべからむ。みづからこそ、数にもはべらねど、絶えぬたとひもはべなるは。いかにぞや、古代のことなれど、頼もしくぞ思ひたまへける」
 「わたしを選んで差し向け申されたのは、直に伝えよとのお便りだからでございましょう。このように離れていては、どのように申し上げたらよいのでしょう。わたしなど、物の数にも入りませんが、切っても切れない縁と言う喩えもありましょう。何と言いましょうか、古風な言い方ですが、頼みに存じておりますよ」
 「私が使いに選ばれて来ましたのは、お取り次ぎなしにお話を申すようにという父の考えだったかと思いますが、こんなふうな遠々しいお扱いでは、それを申し上げられない気がいたします。私はつまらぬ者ですが、あなたとは離しようもなくつながった縁のありますことで、自信に似たものができております」
  "Nanigasira wo erabi te tatematuri tamahe ru ha, hitodute nara nu ohom-seusoko ni koso habera me. Kaku mono tohoku te ha, ikaga kikoye sasu bekara m? Midukara koso, kazu ni mo habera ne do, taye nu tatohi mo habe' naru ha! Ikani zo ya, kotai no koto nare do, tanomosiku zo omohi tamahe keru!"
2.1.5  とて、ものしと思ひたまへり。
 と言って、おもしろくなく思っていらっしゃった。
 と言って、中将はもう一段親しくしたい様子を見せた。
  tote, monosi to omohi tamahe ri.
2.1.6  「 げに、年ごろの積もりも取り添へて、聞こえまほしけれど、日ごろあやしく悩ましくはべれば、起き上がりなどもえしはべらでなむ。かくまでとがめたまふも、なかなか疎々しき心地なむしはべりける」
 「お言葉通り、これまでの積もる話なども加えて、申し上げたいのですが、ここのところ妙に気分がすぐれませんので、起き上がることなどもできずにおります。こんなにまでお責めになるのも、かえって疎ましい気持ちが致しますわ」
 「ごもっともでございます。長い間失礼しておりましたおびも直接申し上げたいのでございますが、身体からだが何ということなしに悪うございまして、起き上がりますのも大儀でできませんものですから、こうさせていただいているのでございます。ただ今のようなお恨みを承りますのは、かえって他人らしいことだと存じます」
  "Geni, tosi-goro no tumori mo tori-sohe te, kikoye mahosikere do, higoro ayasiku nayamasiku habere ba, oki-agari nado mo e si habera de nam. Kaku made togame tamahu mo, naka-naka uto-utosiki kokoti nam si haberi keru."
2.1.7  と、いとまめだちて 聞こえ出だしたまへり
 と、たいそう真面目に申し上げさせなさった。
 まじめな挨拶あいさつを玉鬘はした。
  to, ito mamedati te kikoye idasi tamahe ri.
2.1.8  「 悩ましく思さるらむ御几帳のもとをば、許させたまふまじくや。 よしよし。げに、聞こえさするも、心地なかりけり
 「ご気分がすぐれないとおっしゃる御几帳の側に、入れさせて下さいませんか。よいよい。なるほど、このようなことを申し上げるのも、気の利かないことだな」
 「御気分が悪くておやすみになっていらっしゃる所の几帳きちょうの前へ通していただけませんか。しかし、よろしゅうございます、しいていろんなお願いをするのも失礼ですから」
  "Nayamasiku obosa ru ram mi-kityau no moto wo ba, yurusa se tamahu maziku ya? Yosi yosi. Geni, kikoye sasuru mo, kokoti-nakari keri!"
2.1.9  とて、大臣の御消息ども忍びやかに聞こえたまふ用意など、人には劣りたまはず、いとめやすし。
 と言って、大臣のご伝言の数々をひっそりと申し上げなさる態度など、誰にも引けをおとりにならず、まことに結構である。
 と言って頭の中将は大臣の言葉を静かに伝えるのであった。身の取りなしも様子も源中将に匹敵するもので、感じのいい人である。
  tote, Otodo no ohom-seusoko-domo sinobiyaka ni kikoye tamahu youi nado, hito ni ha otori tamaha zu, ito meyasusi.
注釈102うちつけなりける御心かな女房たちの噂。2.1.2
注釈103人びとはをかしがるに『完訳』は「女房たちも真相を知っているが、柏木を急な変りようだと笑う」と注す。「に」格助詞、時間を表す。2.1.2
注釈104殿の御使にておはしたり内大臣の使者として柏木が来た。2.1.2
注釈105宰相の君して玉鬘付きの女房。「蛍」巻にも登場。2.1.3
注釈106なにがしらを選びて以下「思ひたまへける」まで、柏木の詞。2.1.4
注釈107いかが聞こえさすべからむ「いかが--べからむ」反語表現。申し上げるすべがない。2.1.4
注釈108げに年ごろの以下「心地なむしはべりける」まで、玉鬘の詞。2.1.6
注釈109聞こえ出だしたまへり御簾の内側から女房の宰相の君を介して、というニュアンス。2.1.7
注釈110悩ましく以下「心地なかりけり」まで、柏木の詞。2.1.8
注釈111よしよしげに聞こえさするも心地なかりけり『集成』は「私を嫌っていらっしゃるのに、と暗に恨む気持」と注す。2.1.8
2.2
第二段 柏木、玉鬘と和歌を詠み交す


2-2  Kashiwagi and Tamakazura compose and exchange waka

2.2.1  「 参りたまはむほどの案内、詳しきさまも え聞かぬを、うちうちにのたまはむなむよからむ。何ごとも人目に憚りて、え参り来ず、聞こえぬことをなむ、 なかなかいぶせく思したる
 「参内なさる時のご都合を、詳しい様子も聞くことができないので、内々にご相談下さるのがよいでしょう。何事も人目を遠慮して、参上することができず、相談申し上げられないことを、かえって気がかりに思っていらっやいます」
 「御所へおいでになることでは、くわしいおらせもまだいただいていませんが、あなたからその際にはこうしてほしい、何が入り用であるとかいうことを言ってくだすったら、そのとおりにしたいと思っています。世間の目にたつことが遠慮されてたずねて行くこともできず、思うことを直接お話しできないのを遺憾に思っています」
  "Mawiri tamaha m hodo no a'nai, kuhasiki sama mo e kika nu wo, uti-uti ni notamaha m nam yokara m. Nani-goto mo hitome ni habakari te, e mawiri ko zu, kikoye nu koto wo nam, naka-naka ibuseku obosi taru."
2.2.2  など、語りきこえたまふついでに、
 などと、お話し申し上げるついでに、
 というのが父の大臣から玉鬘へ伝えさせた言葉であった。
  nado, katari kikoye tamahu tuide ni,
2.2.3  「 いでや、をこがましきことも、えぞ聞こえさせぬやいづ方につけても、あはれをば 御覧じ過ぐすべくやはありけると、いよいよ恨めしさも添ひはべるかな。まづは、今宵などの御もてなしよ。 北面だつ方に召し入れて君達こそめざましくも思し召さめ下仕へなどやうの人びととだに、うち語らはばや。また かかるやうはあらじかし。さまざまにめづらしき世なりかし」
 「いやはや、馬鹿らしい手紙も、差し上げられないことです。どちらにしても、わたしの気持ちを知らないふりをなさってよいものかと、ますます恨めしい気持ちが増してくることです。まずは、今夜などの、このお扱いぶりですよ。奥向きといったようなお部屋に招き入れて、あなたたちはお嫌いになるでしょうが、せめて下女のような人たちとだけでも、話をしてみたいものですね。他ではこのような扱いはあるまい。いろいろと不思議な間柄ですね」
 「私が過去に申し上げたことについては、それほど訂正しないでもいいと思います。どちらにもせよ愛していただけばいいのです。そう思いますとまた恨めしい気にもなります。今夜の御待遇などからそう思うのです。北側のお部屋へやへお入れになって、いい女房がたは失礼だとお思いになるでしょうが、下仕え級の方とでも話して行くようなことがしたいのです。兄弟をこんなふうにお扱いになるようなことは、これも不思議なことといわなければなりませんよ」
  "Ide ya, wokogamasiki koto mo, e zo kikoye sase nu ya! Idu-kata ni tuke te mo, ahare wo ba go-ran-zi sugusu beku yaha ari keru to, iyo-iyo uramesisa mo sohi haberu kana! Madu ha, koyohi nado no ohom-motenasi yo! Kita-omote-datu kata ni mesi-ire te, kim-dati koso mezamasiku mo obosimesa me, simo-dukahe nado yau no hito-bito to dani, uti-kataraha baya! Mata kakaru yau ha rara zi kasi. Sama-zama ni medurasiki yo nari kasi."
2.2.4  と、うち傾きつつ、恨み続けたるもをかしければ、 かくなむと聞こゆ
 と、首を傾けながら、恨みを言い続けているのもおもしろいので、これこれと申し上げる。
 批難するふうに言っているのもおかしくて、宰相の君に玉鬘は言わせた。
  to, uti-katabuki tutu, urami tuduke taru mo wokasi kere ba, kaku nam to kikoyu.
2.2.5  「 げに、人聞きをうちつけなるやうにやと憚りはべるほどに、 年ごろの埋れいたさをも、あきらめはべらぬは、 いとなかなかなること多くなむ
 「おっしゃるとおり、他人の手前、急な変わりようだと言われはしまいかと気にしておりましたところ、長年の引き籠もっていた苦しさを、晴らしませんのは、かえってとてもつらいことが多うございます」
 「人聞きが遠慮いたされまして、あまりにわかな変わり方は見せられないように思うものですから、お話し申し上げたい長い年月のことも、聞いていただけませんことで、私もお言葉のように残念でならないのでございます」
  "Geni, hito-giki wo, uti-tuke naru yau ni ya to habakari haberu hodo ni, tosi-goro no mumore itasa wo mo, akirame habera nu ha, ito naka-naka naru koto ohoku nam."
2.2.6  と、ただすくよかに聞こえなしたまふに、まばゆくて、よろづおしこめたり。
 と、ただ素っ気なくお答え申されるので、きまり悪くて、何も申し上げられずにいた。
 ときまじめな挨拶あいさつをされ、頭の中将はきまりが悪くなって、この上のことは言わないことにした。
  to, tada sukuyoka ni kikoye-nasi tamahu ni, mabayuku te, yorodu osi-kome tari.
2.2.7  「 妹背山深き道をば尋ねずて
 「実の姉弟という関係を知らずに
  「妹背いもせ山深き道をば尋ねずて
    "Imose-yama hukaki miti wo ba tadune zu te
2.2.8   緒絶の橋に踏み迷ひける
  遂げられない恋の道に踏み迷って文を贈ったことです
  をだえの橋にふみまどひける
    Wodaye-no-hasi ni humi mayohi keru
2.2.9  よ」
 よ」
 そうでしたよ」
  yo!"
2.2.10  と恨むるも、人やりならず。
 と恨むのも、自分から招いたことである。
 と真底から感じているふうで中将は言った。
  to uramuru mo, hito-yari-nara-zu.
2.2.11  「 惑ひける道をば知らず妹背山
 「事情をご存知なかったとは知らず
  「まどひける道をば知らず妹背山
    "Madohi keru miti wo ba sira zu Imose-yama
2.2.12   たどたどしくぞ誰も踏み見し
  どうしてよいか分からないお手紙を拝見しました
  たどたどしくぞたれもふみ見し
    tado-tadosiku zo tare mo humi mi si
2.2.13  「 いづ方のゆゑとなむえ思し分かざめりし。何ごとも、わりなきまで、おほかたの世を憚らせたまふめれば、 え聞こえさせたまはぬになむ。おのづからかくのみもはべらじ」
 「どういうわけのものか、お分かりでなかったようでした。何事も、あまりなまで、世間に遠慮なさっておいでのようなので、お返事もなされないのでしょう。自然とこうしてばかりいられないでしょう」
 と申されます」と女主人の歌を伝えてからまた宰相は言う、「どのことをお言いになりますことかそのころはおわかりにならなかったようでございます。ただあまり御おとなしくて御遠慮ばかりあそばすものですから、どなた様へもお返事をお出しになることがなかったのでございます。これからは決してそうでもございませんでしょう」
  "Idukata no yuwe to nam, e obosi-waka za' meri si. Nanigoto mo, warinaki made, ohokata no yo wo habakara se tamahu mere ba, e kikoye sase tamaha nu ni nam. Onodukara kaku nomi mo habera zi."
2.2.14  と聞こゆるも、さることなれば、
 と申し上げるのもと、それもそうなので、
 もっともなことでもあったから、
  to kikoyuru mo, saru koto nare ba,
2.2.15  「 よし、長居しはべらむも、すさまじきほどなり。やうやう労積もりてこそは、 かことをも
 「いや、長居をしますのも、時期尚早の感じだ。だんだんお役にたってから、恨み言も」
 ではまあよろしいことにしまして、ここで長居をしていましてもつまりません。誠意を認めていただくことに骨を折りましょう。これからは毎日精勤することにして」
  "Yosi, naga-wi si habera m mo, susamaziki hodo nari. Yau-yau rau tumori te koso ha, kakoto wo mo."
2.2.16   とて、立ちたまふ。
 とおっしゃって、お立ちになる。
 と言って中将は帰って行くのであった。
  tote, tati tamahu.
2.2.17  月隈なくさし上がりて、空のけしきも艶なるに、いとあてやかにきよげなる容貌して、御直衣の姿、好ましくはなやかにて、いとをかし。
 月が明るく高く上がって、空の様子も美しいところに、たいそう上品で美しい容貌で、お直衣姿、好感が持て派手で、たいそう立派である。
 月が明るく中天に上っていて、えんな深夜に上品な風采ふうさいの若い殿上人の歩いて行くことははなやかな見ものであった。
  Tuki kumanaku sasi-agari te, sora no kesiki mo en naru ni, ito ate-yaka ni kiyoge naru katati si te, ohom-nahosi no sugata, konomasiku hanayaka ni te, ito wokasi.
2.2.18   宰相中将のけはひありさまには、え並びたまはねど、これもをかしかめるは、「 いかでかかる御仲らひなりけむ」と、若き人びとは、例の、さるまじきことをも取り立ててめであへり。
 宰相中将の感じや、容姿には、並ぶことはおできになれないが、こちらも立派に見えるのは、「どうしてこう揃いも揃って美しいご一族なのだろう」と、若い女房たちは、例によって、さほどでもないことをもとり立ててほめ合っていた。
 源中将ほどには美しくないが、これはこれでまたよく思われるのは、どうしてこうまでだれもすぐれた人ぞろいなのであろうと、若い女房たちは例のように、より誇張した言葉でほめたてていた。
  Saisyau-no-Tyuuzyau no kehahi arisama ni ha, e narabi tamaha ne do, kore mo wokasika' meru ha, "Ikade kakaru ohom-nakarahi nari kem?" to, wakaki hito-bito ha, rei no, saru maziki koto wo mo tori-tate te mede-ahe ri.
注釈112参りたまはむほどの以下「思したる」まで、柏木の詞。2.2.1
注釈113え聞かぬを主語は内大臣。『完訳』は「内大臣は口出しできないので」と注す。2.2.1
注釈114なかなかいぶせく思したる『完訳』は「内大臣が。間接話法で結ぶ」と注す。2.2.1
注釈115いでやをこがましきこともえぞ聞こえさせぬや以下「めづらしき世なりかし」まで、柏木の詞。
「をこがましきこと」は懸想文をさす。『完訳』は「かつての懸想を愚かな体験とし、ばつの悪さを先取りして言う」と注す。
「や」間投助詞、詠嘆の意。
2.2.3
注釈116いづ方につけても懸想人としてまた弟として、の意。2.2.3
注釈117御覧じ過ぐすべくやはありける主語は玉鬘。「やは」反語表現。2.2.3
注釈118北面だつ方に召し入れて「南表」に対して「北面」は奥向の部屋、私的な部屋。正客扱いに対しての不満。2.2.3
注釈119君達こそめざましくも思し召さめ「君達」は、二人称。あなた方、の意。「こそ--めさめ」係結び。逆接用法の挿入句。2.2.3
注釈120下仕へなどやうの人びととだにうち語らはばや『集成』は「内輪の者として気を許した付合いをさせてほしい、と言う」と注す。2.2.3
注釈121かかるやうはあらじかし玉鬘の柏木に対する扱いをさす。2.2.3
注釈122かくなむと聞こゆ主語は取り次ぎの宰相の君。2.2.4
注釈123げに人聞きを以下「こと多くなむ」まで、玉鬘の詞。2.2.5
注釈124うちつけなるやうにやと急に親しい態度になった、の意。2.2.5
注釈125年ごろの埋れいたさをも『集成』は「源氏のもとにいるので、相変わらず控えめにしているという弁解」と注す。2.2.5
注釈126いとなかなかなること多くなむ「なかなかなること」とは、辛いことの意。係助詞「なむ」の下に「はべる」などの語句が省略。2.2.5
注釈127妹背山深き道をば尋ねずて緒絶の橋に踏み迷ひける柏木から玉鬘への贈歌。「妹背山」は大和の歌枕。「緒絶の橋」は陸奥の歌枕。「妹背」に姉弟の意。「絶え」に難渋する意をこめ、「踏み」に「文」を掛ける。『完訳』は「遠隔の歌枕が、稀有な体験のとまどいを表象」と注す。2.2.7
注釈128いづ方のゆゑとなむ以下「かくのみもはべらじ」まで、宰相の君の詞。「いづかた」は柏木の「いづ方につけても」の言葉を受けて返した言い方。2.2.13
注釈129え思し分かざめりし「おぼしわく」の主語は玉鬘、推量の助動詞「めり」の主体は宰相の君。「し」過去の助動詞、連体形、「なむ」の係結び。2.2.13
注釈130え聞こえさせたまはぬになむ主語は玉鬘。係助詞「なむ」の下に「はべる」などの語句が省略。2.2.13
注釈131よし長居しはべらむも以下「かことをも」まで、柏木の詞。2.2.15
注釈132宰相中将夕霧をさす。2.2.18
注釈133いかでかかる御仲らひなりけむ若い女房たちの詞。2.2.18
校訂12 惑ひ 惑ひ--まよ(よ/$と<朱>)ひ 2.2.11
校訂13 かことをも かことをも--かことをも(かことをも/&かことをも、=くこんイ<朱>) 2.2.15
校訂14 とて とて--とてをもとて(をもとて/$) 2.2.16
Last updated 9/17/2001
渋谷栄一校訂(C)(ver.1-2-2)
Last updated 9/17/2001
渋谷栄一注釈(ver.1-1-2)
Last updated 9/17/2001
渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-2)
現代語訳
与謝野晶子
電子化
上田英代(古典総合研究所)
底本
角川文庫 全訳源氏物語
校正・
ルビ復活
伊藤時也(青空文庫)

2003年9月10日

渋谷栄一訳
との突合せ
若林貴幸、宮脇文経

暫定版(最終確認作業中)

Last updated 9/12/2002
Written in Japanese roman letters
by Eiichi Shibuya (C) (ver.1-3-2)
Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
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